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2006.04.12 (Wed)

胆のう切除・入院記

【4月4日(火)】

職場にて違和感をおぼえ、それが時間とともに悪化。
小学生の授業を終えた時点で、代わりの先生の手配を行いました。
この思いきった早い決断が、結果的には良かったと思います。

代わりの先生の到着を待ち、引き継ぎをおこない、すぐさま病院へ直行。
この頃には、痛みは自分でも想像を絶するレベルに達していました。
救急車で運ばたわけではないからか、なかなか診察を受けられず、あまりの痛みからか待合室近くのトイレで吐き出すものもないのに吐き続けていました(汗)

ようやく呼ばれた診察室。
胆石症が原因の痛みであることは明白で、とにかく痛みを和らげてほしいのですが…こちらの焦りとは無縁のノンビリ医師。
ようやく施された痛み止めの注射×2本も、点滴による痛み止めも、あの強烈な痛みの前に全く効果なし。

ここで別の外科の医師が登場し、腹部エコー検査。
結果、胆石が胆のう出口に引っかかり、胆汁の流れをせき止め、胆のうがパンパン状態とのこと。
放置すれば高熱を発し、最悪の場合は胆のうが破裂する可能性も。

そんな状態でしたので、とりあえず応急処置として、腹部から胆のうへチューブを挿入し、そこから胆汁を吸い出すことになりました。

これが痛かった…。
今回の入院で最も苦しい数時間でした。
背中から麻酔を注入するものの、そんなものはお構いなしに鋭い痛みが…。
一部漏れ出した胆汁の影響らしいのですが、患部から離れた右肩にも激しい痛み。
恥も外聞もなく、かなり大きな声を上げていたような(汗)

一通り処置を受けて、そのまま外科の入院フロアへ運ばれ、緊急入院となってしまいました。



【4月5日(水)】

あまり眠れぬまま、それでも確実に痛みが引いて迎えた朝。
腕には点滴、腹には胆汁チューブ。
本格的に病人ルック。


↑胆汁が流れていき、下の袋に溜まっていきます。色合いがグロいので(汗)クリックで拡大できます。

この日、ナースステーション横の部屋から6人部屋に移された後は、とくに大きな動きは無し。

1日2リッター以上もの点滴で頻繁にトイレに行く生活。
尿の量を管理しているようで、トイレに行く度に金属製巨大ビーカーのようなものに尿を入れ、自分の名前の番号を押して機械に流し込まなければなりませんでした。



【4月6日(木)】

6人部屋は、あまりに環境が悪かった…。
あんな豪快なイビキを耳にしたのは初めてですよ。
耳栓で何とか乗りきるも、じゅうぶんな睡眠時間確保とは行かず。

翌日(7日)午前の手術が決定しました。
それとともに、午後から個室へ移動。
あの息苦しい6人部屋から1日で解放されたのはラッキーでした。

夕方、主治医から、翌日の手術について細かな説明を受けました。
合併症など危険性の説明も多く、平静を装いながらも内心はビビりモード(苦笑)
書類にサインをし、あとは手術を待つばかり。

夕方に飲まされた下剤は、数日間なにも口にしていない自分には無意味でした。
夜9時には眠剤を飲み、久々にグッスリ。



【4月7日(金)】

やって来ました!手術当日。

全裸+手術着に。
手術前、背中への注射とチューブ挿入があったものの、これさえ乗りきれば…と我慢。
手術室へは車イスで移動。

手術室へ到着すると、けっこうな人数がお出迎え(汗)
うわぁ~、聞いていたものの、本当にドラマの世界でした。
手術台に乗り、手足を固定され、マスクを付けられ、「眠くなる薬を入れます」のようなセリフの数秒後から記憶無し。

次に記憶があるのが、看護師さんに声をかけられ目を覚ました瞬間でした。
「わかったら右手をあげて」みたいなことを言われ指示通りに動かして見せた記憶がボンヤリ。
「こんなのが出てきた」と、家族にケース入りの胆石を見せてもらった記憶もボンヤリ。
でも、すぐにまた眠ってしまいました(汗)

手術自体は1時間チョットで終了したようです。
酷い炎症を起こしているのでは…ということで開腹手術も覚悟していましたが、幸い腹腔鏡下での手術で済みました。
胆のう自体も、やや壁が厚くなっていた程度で、思ったほど悪い状態ではなかったようです。

060412a.jpg
↑出てきた石です。直径15mm程度。かなり硬そう。



【4月8日(土)】

鎮痛剤は必須の一日でした。

ある程度動かないと回復が遅れるというのを何処かで読んでいたので、午後になって思いきって起きてみました。
予想通り、半端ではない痛みに襲われました(苦笑)

痛みといえば…尿管を抜くときの痛みも…凄かったです。

060411b.jpg
↑相変わらず続く点滴にウンザリしてきた頃です。

この日の夕方、ちょっとした事件がありました。

まだ食事が出るとは聞いていなかったのにもかかわらず、自分のもとへ夕食が運ばれてきたのです。
「おかしいなぁ~」と思いながらも、茶碗の中身は『おかゆ』。
約5日ぶりの食事ですし、一気に完食。

ところが翌日、それは間違いだったことが判明!
看護師「食べた後、大丈夫でした?」
自分「は、はい…なんとか(汗)」



【4月9日(日)】

昼から正式に食事OK。
午後から点滴も終了。

急速な回復ぶりに、自分でも驚き。
まだ起き上がったりするときには激痛が走るものの、もう普通に歩行も可能。

060411c.jpg
↑退屈から救ってくれたiPod



【4月10日(月)】

朝の回診で、初めて主治医から『退院』について言及が。

「血液検査の数値も落ちついてきたし、そろそろ食事OKにしましょう。」
「それから、退院はいつにする?今日でもいいけど、念のため明日の血液検査の結果が良ければすぐ退院にしようか。」

『今日でもいい』には驚きましたが、いきなり言われても(汗)

一週間ぶりにシャワーを浴びることができました。
傷口は防水のシートが貼ってあり、問題ないとのこと。



【4月11日(火)】

いよいよ退院の日。

朝の血液検査の予定が昼前にずれ込んでしまいイライラさせられましたが、なんとか昼過ぎに退院できました。

最後に会計。
「うわっ!高っ!」
自分の場合、入院時にも緊急処置をされており、2度も手術をしたようなものですので、多少高くても仕方ないのかも(汗)
幾らかは高額医療費の申請で戻ってくるでしょうし。





以上、8日分の日記を一気にまとめさせていただきました。

入院中にメールやブログコメント等でお声をかけていただいた方々、本当にありがとうございました。
あらためて御礼申し上げます。

テーマ : 病院 ジャンル : 心と身体

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神の手を持つ名医・加納宣康先生

ブログ管理人は1989年12月医療法人蘇西更生会・松波総合病院で加納宣康先生の執刀で直腸がん手術を受けました。優しい先生で頼りなく思ったほどです。(先生ご免なさい)私の病状は既に末期症状でした。私以外は、万一の宣告を受けていたと後日聞きました。加納宣康先
2007/03/12(月) 20:19:49 | 大腸がん手術・今は元気で稼ぐ!【大腸がん・稼ぐ・アフィリエイト】
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